名古屋高等裁判所 昭和47年(ネ)376号 判決 1974年1月16日
控訴人 岩井克安
同 岩井克晃
右両名訴訟代理人弁護士 岩田源七
被控訴人 早川進
右訴訟代理人弁護士 尾関闘士雄
右訴訟復代理人弁護士 恒川雅光
村松貞夫
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一 請求原因事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで控訴人らの抗弁について判断する。
1 控訴人らは、本件各土地の買主である訴外柴田元一が農地法三条の規定による所有権移転許可申請手続をしないので本件売買契約を解除した旨主張する。そして、≪証拠省略≫によると、訴外亡岩井義勝(控訴人岩井克安の先代)、控訴人岩井克晃、訴外岩井正忠および訴外広瀬藤九郎は、昭和三五年ごろ、本件二筆の土地を含む畑、山林等約一三〇〇坪の土地を訴外柴田元一に売却したこと、その後昭和三九年七月一日付内容証明郵便をもって、控訴人岩井克安、訴外岩井正忠、同広瀬文章の連名で、同月末日までに農地法による所有権移転許可申請手続をなすべき旨右柴田に対し催告し、書面はそのころ同人に到達したこと、ところが柴田は書類の準備をしているのでできしだい提出する旨返答したのみで右期限を徒過したこと、そこで同年八月六日付内容証明郵便をもって右三名の連名で、前記売買契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は同月七日右柴田に到達したこと、以上の事実が認められる。
ところで、農地の売買契約において、売主がその債務の履行として農地法所定の知事の許可申請手続をなすにあたり、買主はこれに協力すべきものであり、右協力義務は買主の受領義務の内容をなすものということはできるが、これをもって売買契約の要素をなす本質的な債務ということはできない。すなわち、売買契約において、売主は売買の目的たる財産権を移転する義務を負い、買主は代金を支払う義務を負うのであるが、これらは契約の要素をなす義務であり、その履行がなされないときは相手方において契約の目的を達し得ないものであるから、売買契約に本質的な義務ということができる。そして、農地の売買契約においては農地法所定の知事の許可がなされてはじめて所有権移転の効果を生ずるものであるから、売主において知事に対する許可申請手続をなすことは契約に本質的な債務というべきであるが、買主において右手続に協力することは、買主が目的物を受領するにあたって尽すべき義務の一つにすぎず、代金の支払義務と同様に売買契約に本質的な義務ということはできないのである。
しかして、契約の法定解除の事由となしうる債務不履行とは、契約の本質をなす債務、すなわちその履行のなされないときは契約の目的を達することができないような債務についての不履行をいうものと解するのが相当である。したがって、農地の売買契約において、買主が既に代金を支払ってその本質的な債務を履行している場合には、買主において売主のなす知事の許可申請手続に協力すべき義務を履行しなくても、その不履行により売主が契約の目的を達し得なくなるというような特段の事由が存する場合、もしくは買主の右不履行が著しく信義に反するような場合でないかぎり、その不履行をもって契約解除の事由とはなし得ないものと解すべきである。
本件についてこれをみるに、前掲各証拠によれば、訴外柴田は控訴人らに対し本件各土地の売買代金を全額支払いずみであること、知事に対する許可申請については、控訴人らにおいて書類を作成し農業委員会に提出してその手続をなしたが書類不備を理由に却下されたため、その後の申請手続は右柴田に任せることにしたことが認められ、またその後控訴人らが柴田に対し右手続をなすべき旨催告したところ、同人はこれを準備中である旨返答したまま催告期間を経過したため契約解除の意思表示をなすに至ったことは前記認定のとおりである。
そうすると、控訴人らは売買代金を全額受領したことによって一応本件売買契約の目的を達したものというべきであるところ、買主たる訴外柴田において知事に対する許可申請手続をなさないことによって売主たる控訴人らが右契約の目的を達し得なくなったような特段の事情についてはこれを認めることができず、また右柴田の所為が著しく信義に反するものと認めることもできないのである。なお、農地の売買につき知事の許可が得られないときは所有権移転登記をなし得ないため、売主において当該土地に対する固定資産税等を負担しなければならないわけであり、本件においても控訴人らが右租税の負担を余儀なくされたことは推測しうるのであるが、これをもって未だ右特段の事由となすことはできない。
結局、控訴人らの主張する事実はこれをもって本件売買契約解除の事由となすことはできないものであって(これをもって損害賠償の事由となしうることは別論)、控訴人らのなした契約解除の意思表示は効力を生じ得ないものである。
2 控訴人らは、控訴人らと訴外柴田との間の本件各土地の売買契約は、右訴外人において右農地を牧場に使用することを目的とするものであったから、控訴人らは農地法五条の規定による許可申請手続をなす義務を負うものではないと主張する。
しかしながら、農地法所定の知事の許可は、農地の所有権移転の効力が生ずるために当然に必要な法定の要件であるから、農地の売買契約において売主が知事に対する許可申請手続をなすべきことは、契約においてこれを約したと否とにかかわらず、当然に売主の債務として履行すべきものである。したがってまた、売主が右手続をなすにあたって、農地法三条の許可申請としてこれをなすか、あるいは同法五条の許可申請としてこれをなすかは、当事者間においてこれを契約の内容となす旨の特段の合意のないかぎり、当事者間を拘束するものではないと解すべきである。
しかして、≪証拠省略≫によれば、訴外柴田は本件各土地を買い受けたうえはこれを牧場に使用する意図を有していた事実がうかがえるのであるが、右は同訴外人が右売買をなすに至った動機を構成したにすぎないとみるのが相当であり、ほかに右特段の合意を認めるに足りる証拠はない。
よって、控訴人らの前示主張は採用できない。
3 控訴人らは、被控訴人は本件各土地の所有権の取得につき知事の許可を得ていないから、その買受けをもって控訴人らに対抗し得ないと主張する。
しかしながら、被控訴人が、原判決添付別紙目録一の土地については柴田元一から林静子を経て買主たる地位の譲渡を受け、また同目録二の土地については右柴田から村瀬清一を経て買主たる地位の譲渡を受けたことは、当事者間に争いないところである。したがって、被控訴人は、右一の土地については売主たる岩井義勝の承継人たる控訴人岩井克安に対し、また二の土地については売主たる控訴人岩井克晃に対し、直接の買主と全く同様の関係にあるものというべきである。そうすると、被控訴人は右の各土地の買受人として、控訴人らに対し、知事に対する農地法五条による許可申請手続および右許可を条件として仮登記に基づく本登記手続をなすことを求めるにつき何ら障害のないものというべきである。
三 以上の次第で、被控訴人の控訴人両名に対する本訴各請求はいずれも正当として認容すべきである。
右と同旨に出た原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本聖司 裁判官 新村正人 裁判長裁判官山田正武は転任のため、署名捺印することができない。裁判官 宮本聖司)